父が他界してからのこと
みなさんには、随分ご心配をお掛けしました。
また、たくさんの励ましのメールなどをいただき、本当に感謝でした。
少々、長い文面となりますが、ここ数日の間に起こったことをお話して、みなさんのメールへのご返事とさせていただきたく、お願いいたします。
父の退院が翌日に迫ったその日の午前中。
私はいつものように父の見舞いのため、病室を訪れていた。
「おじさーん、来たよー」
(ネコが来てからこっち、我が家では父は「おじさん」、母は「おばさん」になっていた)
挨拶する私に父はうつろな視線を向けて、何かを思い出そうとしているようだった。
そんな父を見て、「もう、私が誰なのか分からないのかもしれない」ふと、そう思った。
汚れ物を袋に詰めてから、寝ている父の肩を叩いて「明日には退院だよー」と言うと、父は小さく「おう」とだけ応えた。
それが、父の最後の言葉になるなど、そのときは考えもしなかった。
病院を出る前に、ナースセンターに寄った私は、明日の退院を前に、父を担当してくださっている看護師さんに
「どんなものを食べさせればいいですか?」
「脱水症を起こさないためにはどうすればいいですか?」
「薬はどうやって飲ませるのがいいですか?」
など、家に帰ってきてからのいろいろを伺った。
家に帰って洗濯機を回し、昼食の用意をしながら母と「また明日から大変だね」「またしばらく、ふたりで頑張ろうね」などと話していた。
それから後。
昼食を終えて1時間は経っていなかったと思う。
いきなり父の病院から電話が来た。
「お父さんが食事中に心臓発作を起こしました。何分くらいで病院まで来られますか?」
正直、言われている意味が分からなかった。
ただ、向こうの「何分で病院に来られるか?」という言葉に、切迫したものを感じた。
母に電話のことを話し、急いで外出の用意をすると、近くでタクシーを拾って私たちは10分くらいで病院に到着した。
ナースセンターに行くと、父はすでに緊急治療室にいるという。
「失礼します」
恐る恐るカーテンを開けると、すでに主治医が父の心臓マッサージを始めていた。
マッサージのせいで、つながれている心電図の波形はグチャグチャだった。
「最初は誤飲したのかと思ったんだけど…」
「身体の弱っている人にとって、食事を取るということは、入浴と同じくらいストレスが掛かるから…」
「心臓マッサージしている間は脈が戻るんだけど…」
経過や状況をしてくれるお医者様。点滴がつながれているチューブに何かのアンプルを差し込んで
「これで(脈拍が)戻らなかったら…明日には(家に)戻れるはずだったんだけどね…残念だね…」
私はその言葉にどう答えていいのか分からず、ただ「ありがとうございました」「お世話になりました」とだけ応えた。
脈はすごく弱っているのに、すごく規則正しく上下している胸。
「…人工呼吸器が取り付けられているんだ」
そう理解するまで、数分掛かった。
ベッドの側の椅子に母を座らせながら、「妹に電話してくるね」
非常階段の踊り場で、持参した携帯の電源を入れた。
その後、妹とどういうやり取りをしたのか、私はほとんど覚えていない。
ただ、状況を説明し終えると、妹が「分かった」とだけ答えたのを覚えている。
病室に戻った私は、母の隣に腰を降ろして、父の脈拍が徐々に少なくなっていくのを見守った。
「ドラマみたいに、いきなり0になったりしないんだなあ…」
変なところだけ冷静だった。
40あった脈拍が20になり。
10と0の間を何度か往復した後、ピーという音とともに脈拍は0になった。
そのまま10分くらい経ったろうか。あるいは5分くらいだっただろうか。
看護師と主治医でない先生がやってきて、父の脈拍と瞳孔の反射を調べていたが、壁の時計を見て
「午後1時45分。ご臨終です」
そう言って頭を下げた。
「ありがとうございました」
母と一緒に私は頭を下げた。
いろいろなチューブが外されていくときには、すでに父の左腕には死斑が出来ていた。
そのとき、妹が病室にやってきた。
妹は間に合わなかった。
「今だったんだよ」
妹にそう言った時、いきなり涙が溢れ、私は何度もハンカチでほほを拭わなければならなかった。
私たち3人は、声もなく、静かに泣いた。
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病院から帰ってきてから、祖父母の葬儀の際にお世話になっている葬儀社さんに電話を掛け、翌日、父を病院から引き上げることにした。
介護センターに連絡を取って、ほとんど使うことのなかった介護ベッドと、病院の行き帰りに使った車椅子を返却する手続きをした。
介護用品の業者はすぐにやってきて、あっという間にベッドを片付けてくれた。
介護ベッドのなくなった部屋は、ひどく広かった。
遅ればせながら、大阪の旦那に連絡を取った。
明日退院という話をしていたので、最初はひどく驚いていた様子だったが、通夜と告別式の日はこちらに泊まってくれると言う話だった。
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翌日。
父の身体を病院から引き上げた。
病院の裏門で、父のお世話をしてくださった数人の看護師さんが深々と頭を下げてくれた。
その後、連絡の取れた親戚が次々とやってきた。
いろいろな話をしながら、目の端っこに映る父の姿がどうしてか気になった。
しばらく前から父は寝たきりになっていたせいだと思うけど、そこに寝かされている父が、もぞもぞと身じろぎしたり、咳き込むような音を立てているような気がしてならなかった。
お寺に連絡を取ると、丁度法事などが重なってお坊さんのスケジュールが取れないという話だった。
そのため、納棺を早くして、お通夜を3日後、告別式を4日後にした。
「その分、お父さんが家にいてくれるから、顔が見られるね」
その妹の言葉にみんなが頷いていた。
「ところで喪主って誰?」
「お母さんでしょ?」
「じゃあ、告別式のとき、お別れのご挨拶もお母さん?」
「いやよ。長女なんだから、kyaoがやってよ」
「やだよー。私、ただでさえ喋るの苦手なんだから。あんた、やんなさいよ」
「残念でした。私はもうここの家の人間ではありません」
「んなこと言ったら、私だってここの家の人じゃないじゃん」
「いいからkyao、あんたがやってよ」
「やだよー。人前で話すのなんてできないよー」
「お姉ちゃんしかいないでしょ。やってやんなよー」
おお、いやだいやだ…女はみにくい…。(--;
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斎場の都合が取れなかったため、お通夜と告別式は葬儀社のビルの一室を借りて行われることになった。
通夜の日。
父の祭壇を設け、親族が入ると、それだけで式場はいっぱいになった。
そのため、入り口に香箱が置かれ、礼拝はそこで行ってもらうことになった。
この日、東京は大雨だった。
でも、ご近所のみなさんがたくさん駆けつけてくださった。すごくありがたかった。嬉しかった。
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告別式の日。
父の故郷からも親戚の皆さんが駆けつけてくださって、親族の数はさらに増えた。
静かな読経の中、式は滞りなく進んでいく。
最後のスピーチを任されてしまった私は、何を話せばいいのか、思案に暮れていた。
「何を話せばいいんだろう…」
頭の中で、父のことを回想していくと、いきなり目頭が熱くなった。
「うあ。いかんいかん。ここで私が泣いてどーするっつーの」
やがてお経が終わり、私たちはそのまま火葬場へ移動した。
お棺にたくさんの花を詰め、父の身体を埋め尽くした。
司会者の方が、私にマイクを向ける。
「本日はご多忙の中、父の葬儀にご参列いただき、本当にありがとうございました…」
多分、一度でも声を詰まらせたら、泣いてしまう。絶対に止まったらダメだ。
そう思いながら、私は努めて平静に言葉を連ねた。
必死の思いでスピーチを終えたとき、隣で妹が泣いていた。
そのすぐ後。
お棺は何事もなかったかのように火葬場へと引き込まれていき、静かに扉が閉まった。
それから小一時間。
すっかり骨になった父と私たちは対面した。
ふたり一組で、大きな骨から順に骨を箸で骨壷の中へ入れていく。
「これが喉仏ですね。でもこれは喉の骨ではなく…」
「この小さな穴が耳の穴で…」
ひとつずつ葬儀場の係の人が説明をしてくれる。
すっかり小さくなってしまった父の身体を抱いて、私は帰りのハイヤーに乗り込んだ。
式場に戻り、酒気払いの席で、私たちは参列くださったみなさんにお酒をついで回った。
「ごめんなさいねー。もっと若くてピチピチした女の子がお酌したら、お酒も美味しいでしょうにねー」
受けてくださるみなさんが笑ってくれるのが、嬉しかった。
程なく、お酒の席は終わり、私たちは父の遺骨や遺影を持って、実家へ帰ってきた。
葬儀社のみなさんが手早く、ダンボールなどで遺骨を置くためのひな壇を作ってくださった。
遺骨を置いて、遺影を飾って。
お線香に火をつけて、お鈴を鳴らした。
「お父さん、お帰りなさい…」
家族3人で静かに手を合わせた。
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告別式からすでに4日も経ちましたが、役所関係の手続きや、生命保険、年金等の手続きなどがたくさん残っています。
下衆なお話で恐縮ですが、葬儀の料金やそのときのお料理や飲み物、香典返しの品などなど…請求が次々に届いて「うあ…お葬式ってこんなにお金が掛かるの?!」と、改めて驚いてます。
ひと段落着いたら、大阪にも出向いてお義母さんにもちゃんとご挨拶差し上げようと思ってますが、しばらく先のことになりそうです。
仕事も探せず、もうストレス溜まりまくりです(笑)。(^^ゞ
ですが、ここを訪ねてくださるみなさんの励ましのおかげで、なんとか乗り切れた気がします。
落ち着いてオンラインに来れるようになるには、まだしばらくお時間をいただくと思いますが、復帰した際には、これまでと同じようにお付き合いいただけたらとても嬉しいです。(^^)
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
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コメント
kyaoさん、心よりお悔やみ申し上げます。
翌日に退院を控えていた状態でお亡くなりになるとは…
kyaoさんが冷静な文章を書いているのを読んでて、うるうるきちゃいました。
オンラインには落ち着いてから帰っていらっしゃいね。待ってますよ~(^^)
投稿 ありしあ | 2008年6月27日 (金) 22時38分
1年に及ぶ介護生活、お疲れ様です。
退院目前でのお別れ、つらかったですね。
我慢しないでちゃんと泣きましたか?
泣くべき時に泣かずに我慢しちゃうと、
後になって大きなしわ寄せが来るように思います。
・・・私がそうでした。
長子って、色々な役回りを言いつけられて、
正直泣いてる暇がないんですけど、
それでもやっぱり悲しいときは泣かなくちゃいけないんだって、
後になって思いました。
七・七日まで、ことあるごとにおいおい泣いちゃってくださいね。
何年たっても心のトゲが取れません。
この度は本当にご愁傷様です。
お父さまのご冥福と、ご家族のご健康をお祈り申し上げます。
webには、ゆっくりなさってから戻っていらしてくださいね!
投稿 ::frescura:: | 2008年6月27日 (金) 23時05分
よくがんばったね
投稿 MOTO | 2008年6月28日 (土) 01時42分
arisiaさん、こんにちは! レスをどうもありがとうございます。(^^)
>うるうる
このスレを立てながら、私もずっとウルウルしてました(笑)。(^^ゞ
お葬式の中には、参列者が声を立てて泣いているようなものもたくさんあるんですが、父のそれはあまりそんな暗い雰囲気もなく、それが逆に私たちにはありがたかったと思ってます(叔母なんて告別式の途中、居眠りしてるし)。(^^;
ご心配いただき、ありがとうございます。少しずつ日常を取り戻していこうと思ってます。どうぞよろしくお願いします。(^^)
投稿 kyao | 2008年6月28日 (土) 08時12分
frescuraさん、こんにちは! レスをどうもありがとうございます。(^^)
優しいお言葉、どうもありがとうございます。
frescuraさんご自身が仰っているように、長女という立場は、やっぱり人前でオンオン泣くと言うことも出来ず、辛抱し続けていた気がします。
これから先、frescuraさんが仰っているような「しこり」が心の中に残ってしまうのではないかと思うと怖い気もします。今でも何となく父のことをなるべく思い出さないようにしている気がしますし…自分のことなのに自分の気持ちが分からないって…不思議なものですね。
ようやく初七日が終わったところです。少しずつ自分の気持ちと向き合って整理できたらと思っています。ありがとうございます。
投稿 kyao | 2008年6月28日 (土) 08時17分
MOTOさん、こんにちは! レスをどうもありがとうございました。(^^)
一言、「頑張ったね」って言われて、思わずウルウルしちゃいました。女を泣かす男は悪い男なんだぞ(笑)。(^^)
投稿 kyao | 2008年6月28日 (土) 08時18分
kyaoさん、お父様の事心よりお悔やみ申し上げます。
ごめんなさい、この1年kyaoさんの介護の様子をブログで伺っていたので、なんか言葉が出て来ません・・・。
心身共に癒えてkyaoさんが戻って来るまで待ってます。
投稿 Black Cat | 2008年6月28日 (土) 18時28分
BlackCatさん、こんにちは! レスをどうもありがとうございます。(^^)
いろいろご心配をいただき、本当にありがとうございました。m(__)m
以前の状態に戻るまでには今しばらく時間が掛かると思いますが、また、くろねこ…じゃない、BlackCatさんのところにもお邪魔させていただくかと思います。そのときにはまたどうぞよろしくお願いします。(^^)
投稿 kyao | 2008年6月28日 (土) 20時59分
お父様のご冥福をお祈り申し上げます。
しばらくお忙しい日々が続くと思いますが、落ち着くとポッと穴の開いたような気持ちになってしまうかもしれません。そんなときには、賑やかなWEBの世界に戻ってきてください。
どうかお疲れが出ませんように、ご自愛ください。
投稿 りんたろ | 2008年6月29日 (日) 09時38分
りんたろさん、こんにちは! レスをどうもありがとうございます。(^^)
いろいろお気遣いをいただき、ありがとうございました。
今はさまざまな手続きや支払いに追われ、ばたばたしっ放しの毎日です。
周りが落ち着いてきたら昔のような生活が出来るかと思いますが、それまではブログの方も休み休み更新させていただこうと思っています。
いろいろご心配をいただき、恐縮です。これからもどうぞよろしくお願いします。
投稿 kyao | 2008年6月29日 (日) 12時19分
あらためて、お疲れさん。
ほんと大変だったね。お父さん、もう二人に苦労かけたくなかったのかな〜。
もう自由に好きなことしてると思いますよ。これからはお母さんとkyaoと二人でお父さんの分も頑張って生きていかないとね。とにかく今は気持ちを整理して早くいつもの生活を取り戻して下さいね。
お父さんのご冥福を心よりお祈りさせて頂きます。
投稿 Peace_mac | 2008年6月29日 (日) 23時04分
peace_macさん、こんにちは! レスをどうもありがとうございます。(^^)
父の介護中には、貴重なアドバイスとたくさんの励ましを本当にありがとうございました。peace_macさんのお話で、私も母もどれだけ救われたか分かりません。
私たちが迷ったときにpeace_macさんからのアドバイスで随分楽になりました。本当にありがとうございました。m(__)m
私が東京に戻って丁度1年。まさかこれほど早く父が逝ってしまうとは考えてもみませんでしたが、仰っているとおり、私や母のことを思って、父は早くに身を引いてくれたのかも知れません。婿養子だったせいか、周りにいろいろ気を使う人でしたから。
周りがひと段落したら、今度は私自身の仕事を探すなど、やらなければならないことはまだまだたくさんありますが、少しずつ、昔の生活ペースを取り戻していこうと思っています。ありがとうございました。
投稿 kyao | 2008年6月30日 (月) 08時34分
こちらへの書き込みは初めてかも?
うちの父親も亡くなったのが去年の今頃でした。
一旦心肺停止後に持ち直したんですが、結局1日もたなかったです。
私の場合は残念ながら父親を看取る事が出来ませんでしたが、最後を家族に看取ってもらえたことは幸せだと思います。
まだまだこれからも色々大変かと思いますが、私の場合は後から体に来ましたので十分注意してくださいね。
投稿 rikuzen | 2008年6月30日 (月) 22時03分
rikuzenさん、こんにちは! レスをどうもありがとうございます。(^^)
こちらでお会いするのは初めてかもですね。どうぞよろしくお願いします。(^^)
rikuzenさんもお父様を亡くされていたんですね。それも去年の今頃ですか…改めてお父様のご冥福をお祈りいたします。
仰るとおり、家族が最期を看取って上げられたのは僥倖だと思います。正直なところ、父は自宅で最期を迎えさせてあげるのがいいだろうと思っていましたから、病院と言う非日常的な環境で他界したのは可哀想だと思っていました。
rikuzenさんの一言で、何となく救われたような思いです。どうもありがとうございます。
ご推察どおり、ちらほらと訪ねてくるご近所の皆さんや親戚がいたり、金融機関や公的機関への届出などで、まだまだ落ち着かない毎日ですが、少しずつ日常を取り戻そうと思っています。ご心配、どうもありがとうございます。
投稿 kyao | 2008年6月30日 (月) 22時16分
コメントが遅れまして、すみません。
kyaoさん、お父様のご冥福を心よりお見舞い申し上げます。
退院直前なのに、亡くなられて、最初は心の整理がつかなかったのをお察し致します。
告別式の挨拶を気丈に続けられたkyaoさんの葛藤が
よく伝わりました。
読んでいて、胸に迫るものを感じました。
kyaoさんの記事を読んで、昨年亡くなった祖母の事を
思い出してました。
祖母が亡くなる時も脈拍が徐々に少なくなって、
最後にピーという音になりました。
あのピーという音がものすごく空しく響いたのを忘れません。
今しばらく、四十九日まではばたばたするとは思いますが、
kyaoさんをはじめ、ご家族の体調に気をつけて下さいね。
オンライン復帰には、気長にお待ちしておりますよ。
投稿 norinori | 2008年7月 3日 (木) 00時40分
norinoriさん、こんにちは。レスをどうもありがとうございます。(^^)
去年、norinoriさんもお婆様を亡くされているんですね。改めてご冥福をお祈りいたします。
あの心電図モニターの「ピー」という音は、本当に胸に刺さりますね。私にもそれが父の悲鳴のように聞こえてしまった気がして…きっと一生忘れないと思います。
優しいお言葉、本当にありがとうございます。これから少しずつ、日常を取り戻していこうと思います。どうぞよろしくお願いします。
投稿 kyao | 2008年7月 3日 (木) 08時27分